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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)8103号 判決 1965年2月18日

原告 同栄信用金庫

被告 合資会社 三邦堂

主文

一、被告合資会社は、原告信用金庫に対し、一五〇万円、及びこれに対する、昭和三九年八月二〇日から、支払ずみに至る迄、年六分の金員の支払をせよ。

二、訴訟費用は、被告合資会社の負担とする。

三、この判決は、仮に執行することができる。

事実

原告信用金庫訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決、及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

一、被告合資会社は、昭和三九年五月一五日、訴外千成鉄工建設株式会社(以下千成鉄工という)にあて、金額を一五〇万円、満期を同年八月二〇日、支払地及び振出地を東京都台東区、支払場所を株式会社協和銀行雷門支店とする約束手形一通を振出し

二、千成鉄工は原告信用金庫にこれを裏書譲渡し

三、原告信用金庫は、右満期支払場所に於て、被告合資会社に、支払の為これを呈示した。

よつて原告信用金庫は、被告合資会社に対し、右約束手形金一五〇万円、及びこれに対する右満期昭和三九年八月二〇日から、支払ずみに至る迄、手形法所定の年六分の利息の支払を求める。

被告合資会社が抗弁として主張する、

(A)、(1) の事実は知らない。

(2) の事実を否認する。

(3) の主張を争う。

(B)、(1) の事実を認める。

(2) の事実を否認する。

(3) の事実中、千成鉄工が昭和三九年八月一〇日現在に於て原告信用金庫に対し普通預金当座預金定期預金及び定期預金合計

四、六三三、六九九円の払戻債権を有していたことを認め、その他の主張を争う。

(C)、(1) の事実を認める。但し定期預金債権の金額の明示3はなかつた。

(2) の主張を争う。

再抗弁として、千成鉄工が原告信用金庫に対して有する定期預金の払戻債権は、同株式会社が任意に自己の手形債務と相殺し得るものではなく原告信用金庫が同株式会社に対して有する貸金、手形金債権と、右定期預金払戻債務とを、債権の支払可能性を鑑案し、自己の選択に於て相殺し得る旨の特約が為されていた。従つて、同株式会社が右特約を無視して原告信用金庫に対して為した相殺の意思表示は効力が無いと述べ

証拠として<省略>………と述べた。

被告合資会社訴訟代理人は「一、原告信用金庫の請求を棄却する。二、訴訟費用は、原告信用金庫の負担とする。」との判決を求め、原告信用金庫主張の事実を認める。

抗弁として、

(A)、(1)  被告合資会社は、昭和三九年五月一五日、千成鉄工に対し、

東京都品川区中延一丁目一九八九番地に、鉄骨モルタル陸屋根構造のガレージ及び共同住宅の新築工事を、報酬の総額八五〇万円、同年四月末日着手、同年八月中旬に完成する定めで請負わせ、報酬の内一五〇万円を支払う為、同株式会社にあて、係争約束手形一通を振出した。しかるに同株式会社は、その満期である同年八月二〇日になつても、建築に着手せず資金繰に困難を来し、事実上破産状態に陥つていた為、右請負契約を履行することは不可能となつていた。

そこで被告合資会社は、同年八月二〇日、千成鉄工に対し、履行不能を理由として、右請負契約を解除する旨の意思表示をした。従つて右請負契約は、即時解除の効果を生じ、被告合資会社の同株式会社に対する右報酬支払義務は消滅した。

(2)  原告信用金庫は、昭和三九年五月二〇日千成鉄工から、次の事情、即ち、係争約束手形は、被告合資会社が、千成鉄工に対する右請負の報酬の内一五〇万円を支払う為、振出されたものであり当時千成鉄工としては、資金難から、事実上破産状態に瀕し、満期迄に、右請負契約上の建築義務を履行し得ないであろうことを知つていた。

(3)  従つて原告信用金庫は、悪意の取得者であり、被告合資会社に対する請求は失当である。

(B)、(1)  仮りにその主張が認められないとしても、千成鉄工は、原告信用金庫との間に、当座預金、定期預金及び定期積金契約を結び、その各預金、積金払戻債権を担保として手形割引の取引を為していたが

(2)  もし同株式会社が原告信用金庫から割引いた手形が不渡となつたときは、右各預金積金契約は、即時解除せられその払戻債権と手形債権と手形債務とは、何らの意思表示を要せず、当然対当額について相殺せられる旨の条件付相殺契約が結ばれていた。

(3)  そして千成鉄工は、昭和三九年八月一〇日現在に於て、原告信用金庫に対し、当座預金一九、九五五円、普通預金一五円、定期預金二、七五八、七二九円及び定期積金一、八五五、〇〇〇円合計四、六三三、六九九円の返還債権を有していたから、係争約束手形債権一五〇万円は同年同月同日、全部消滅した。

(C)、(1)  仮に右の主張が認められないとしても、千成鉄工は、昭和三九年一一月二日付書留内容証明郵便を以て、原告信用金庫に対し、同株式会社が原告信用金庫に対して負担する係争約束手形の買戻債務一五〇万円と原告信用金庫に対して有する定期預金二、七五八、七二九円の払戻債権とを、対当額につき相殺する旨の意思表示を発し、その書面は翌三日、原告信用金庫に到達した。

(2)  従つて被告合資会社の原告信用金庫に対する係争約束手形債務も消滅した。

原告信用金庫が再抗弁として主張する事実を否認すると述べ

証拠として<省略>………と述べた。

理由

原告信用金庫がその請求原因として主張する事実は、被告合資会社が自白したところである。

(A)の抗弁につき判断する。被告合資会社代表者本人尋問の結果、及びその供述により真正に成立したと認める乙第一号証の記載によれば、被告合資会社は、昭和三九年四月下旬千成鉄工との間に、自ら主張する建物の建築請負契約を結び、その報酬の内一五〇万円を支払う為、同株式会社にあて、係争約束手形一通を振出し、同株式会社はその後請負契約に基く建築義務を殆ど履行しなかつたことが認められるけれども、証人富士田日出弥の証言によれば、原告信用金庫は昭和三九年五月二〇日、同株式会社の為に、係争約束手形を割引いたことが認められるから、原告信用金庫はその善意の取得者というべく悪意の抗弁は、採用することができない。

(B)、(C)の抗弁につきまとめて判断する。その要旨は、千成鉄工が原告信用金庫に対して有する定期預金等の債権の相殺の結果、原告信用金庫の係争約束手形金債権は、相殺に因りすべて消滅したというにあるが、仮りにその事実が認められたとしても、裏書人である千成鉄工が係争手形債務を消滅したという主張は、同株式会社のみが原告信用金庫に対して主張し得べき人的抗弁に止まり、振出人である被告合資会社が原告信用金庫に対して主張し得べき物的抗弁ではない。この点につきシユタウプ・シユトランヴ手形法注釈書(一九三四年版)手形法第一七条注57i及びe参照。

従つて(B)(C)の抗弁は、主張自体失当として排斥を免れないが、更に蛇足を加えるならば、(B)(1) の事実は、原告信用金庫が認めるところであるけれども、(2) の事実は、これを認めるに足りる証拠資料がないのみならず、主張の条件付相殺契約の如きは、取引の通念に照し、殆どその存在を肯認し得ないものである。

(C)の抗弁として主張する事実の内、千成鉄工が昭和三九年八月一〇日現在に於て、原告信用金庫に対し、当座預金、定期預金及び定期積金合計四、六三三、六九九円の返還債権を有していたこと、千成鉄工が昭和三九年一一月三日、原告信用金庫に対し、被告合資会社主張の相殺の意思表示(但し定期預金の金額が明示されていたことを除く)をしたことは、いずれも原告信用金庫が自白したところであるけれども、証人富士田日出弥の証言によれば、千成鉄工は、原告信用金庫に対する定期預金債権と自己の手形金債務とを、任意に相殺し得るものではなく、原告信用金庫は、昭和三九年一一月三日以前に、千成鉄工の定期預金払戻債務と同株式会社に対する別口の貸金手形金債権とを対当額につき相殺を為し、残額は約一七〇万円となつているが、それは、原告信用金庫が、他の手形債権と相殺する為保留してあることが認められる。そればかりでなく、成立に争のない乙第五号証の記載によれば、千成鉄工が昭和三九年一一月三日原告信用金庫に対して為した相殺の意思表示には、定期預金の年度番号(成立に争のない乙第二号証の記載によれば、千成鉄工は三口の定期預金債権を有したことが認められる)及び数額の明示を欠いていることが認められるから、同株式会社が原告信用金庫に対して為した相殺の意思表示は、いかなる定期預金のいかなる金額について相殺の効果が発生したかは、全く不明という外はない。(C)の抗弁も失当である。

冒頭判示の事実に基く原告信用金庫の請求は、正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 鉅鹿義明)

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